エッセイ 343資本主義の曲り角


今年の日本は、株式市場大発会が700円もの暴落で始まる混乱の幕開けであった。
これは、全く大方の予想を裏切るもので、今年一年を占う上で大変ショッキングな出来事であったと言える。そして、その後も連日値下がりが続き、未だ下げ止まってはいない。これは、少なくとも今期の日本企業の決算予想から見れば、実態を反映した株価とは言い難い。その主たる原因は、円高、アメリカ景気の先行き不安、原油高等が上げられている。ミクロ的な視点でみれば、それは正しいかもしれない。然し、今回の大幅な株安は、それだけでは説明しきれぬ幾つかの問題を含んでいるのではないか。

私は、経済に関しては全くの素人であり、特に金融問題や国際経済に関しては、理解出来ないことも数多い。然しながら、今回の株安現象やその遠因とされるサブプライム・ローンの問題のように、国際的な金融問題は、極めて深刻である。そしてこのような国際的な金融問題に就いては、日本の新聞を読んでいるだけでは、問題の本質がサッパリ理解出来ないこともまた、重大な問題なのである。

今回の株式暴落の問題を、私が素人なりに分析してその原因と今後の日本経済に関して、新聞紙上では論じられない問題点を指摘して参考に供したい。

結論を先に言えば、諸般の現象を見ると資本主義経済は、曲り角に差し掛かって既にその角を曲がりきって、従来と異なる方向に向かって進み始めたと判断せざるを得ないのだ。

それは、金融市場が実際の需要を遥かに超えて肥大化、投機化したことが、現行の経済を混乱に陥れている主要な原因と言えよう。以下が私の解析であるが、概ね正しいのではないだろうか。

日本の経済成長期には、土地の価格が上昇を続けた事は記憶に新しい。一定の資金で土地を買い、次にその土地を担保に融資を受けてまた土地を買うという繰り返しで、莫大な資産を築いた例は、当時の千昌夫を初め、枚挙に遑が無いほどであった。即ち、当初一定の土地を買う資金があれば、この繰り返しによってほぼ無限に近い融資が受けられ、それを更なる投資に廻したのである。

然し、その時点では銀行の資金は有限であり、手持ちの資金を融資で使い切れば、その先は預金を集めることしか基本的には手段はなかったのである。換言すれば実需と資金量とは最終的にバランスが取れていたのである。

ところが、その後金融技術が異常に発展して、資金調達に関して新たな手法が色々と開発されたのだ。例えば、銀行が保有する融資先に対する債権を他の金融機関に売ると言う手法だ。これによって、銀行は新たな資金を得て、更なる融資を繰り返す。前述の土地融資と同様に、資金量は無限に膨らんで行くことになる。

これ等を組み合わせると、銀行の資金調達量は90年以降無限に広がっていったのである。それは、銀行が預金者から預金を獲得して、それを企業家に貸し出して利益を得るという本来の業務に比べて、遥かに大きくなってしまったのだ。銀行業務の内容が通常の貸出業務から、マネーゲームへと変わってしまったのである。その結果、銀行トップの神経の大半は、金融市場での無限に近い融資額の成果に集中し、その成果が各銀行の業績に直結することになったである。

更に厄介なことに、融資債権の販売は、幾つかの債権をリスクの分散と称して、複数の債権を複雑に組み合わせて発行するなど、殆ど判断出来ないほど多様化、複雑化しているのだ。またデリヴァティブなどの金融商品は、その実態を理解することは、極めて難しく、経営陣といえどもその実態を十分に把握できるものではなくなったのである。格付け会社が行ったサブプライム・ローンに関する評価は、今回大幅に狂ってしまったのだからややこしい。

前述したように、金融市場での取引額が実需を遥かに上回っていることは、これ以外に新たな問題を引き起こした。金額が膨大な為、最早それに見合う投資対象がなくなり、資金は専ら投機に向かうことになる。そして、それを扱うのは、金融機関ではなく、所謂ファンドがその主役となり、一層投機的なマネーゲームになってしまったのだ。

更に金融市場では、一定額の保証金を積むとその10倍の取引を許容する制度が債券市場、株式市場などで一般化して行った。嘗ては、商品取引など特殊な分野で許されたことが、広範囲の市場で行えるようになったのである。これでは、株式市場が企業に資金を投資してその活動を助けるという、資本主義本来の目的を逸脱して、賭博場に近い状態になりつつあるのだ。そこでは、所持金100円の男が1000円、1万円を張れる賭博場のようになってきたのである。

昨年問題化して、サブプライムローン問題は、このような背景の下に起こったのである。この為、シティー・バンクなど、超一流企業が莫大な不良債権を抱えることとなり、日本の主力銀行もその被害を蒙るに至っているのだ。

一方、世界の為替市場では、投資家による短期資本売買、所謂マネーゲームの決済額は、06年に於いて実際の貿易決済額の50倍に達している。そして更に年々急激な増加傾向にあるという。
これほど、金融市場での取引高が実需を超えて流通すると、嘗て例えば日銀が一国の資金流通量を、コントロールするとような手法は、最早意味を成さなくなったことでもある。

以上のように、実需を一桁、二桁も上回るマネーゲームの金額は、世界の株式市場にも大きな影響を与えている。日本の年初の株価大暴落は、外国の投機筋の思惑により火が付いた可能性が高い。

今や株式市場での株価変動の原因が、投機筋の思惑で左右される局面が顕著になってきたのではないか。日本から遠く離れたアメリカでのサブプライム・ローンの破綻が、日本の株価に大きな影響を与えるのは、上記のようなマネーゲームの結果なのだ。
換言すれば、従来のように、個々の銘柄の業績を検討・予測して将来の株価を算定、予想するといった、基本的な判断などが通用しない局面が増えてきたことは間違いない。

然も、株式市場を左右しているのは、全体の50%を占める外国資本、ファンドであることを、この際再認識する必要がある。そして原油高騰によるオイル・マネーの増加がこの傾向に拍車を掛けることになるのは間違いないであろう。
然も、日本の低金利政策が外国企業の資金調達を助長し、この傾向を強めていることに、この際政府は正面から向き合うべきではないか。これら一連の事実関係は、政府・日銀が経済変動に対して適正な経済政策を行う余地が極めて狭まったことでもあるのだ。

最大の問題点は、このような巨額な資金は、銀行ではなくファンドが動かしていることである。先進諸国は、銀行に対しては種々な規制により、コントロール出来るが、ファンド・マネーに関しては、全く規制する手段が無いのである。今年のサミットでのテーマとして取り上げないと、最悪の場合資本主義の崩壊を招くことにもなりかねない。

以上が私が資本主義経済が従来と異なった方向に進み始めていると考える所以なのである。

従って、証券会社等専門家の今年の株価予想などは、極めて怪しいことを知らねばならない。企業の業績は分析出来ても、外国の巨額投資化の心理までは推し量れない。個人投資家は、このことを十分認識した上で投資を行わないと結果的に臍を噛むことになろう。

この問題は、極めて多面的、複雑であるため、今回はその一部を論じたに過ぎないので、今後も機会あるごとに検討を重ねたいと考えている。若し上記の考えに異論を唱える向きは、それをご教示願えれば、大変有難いのでご一報願いたい。


(平成20年1月10日)