エッセイ 524:中国の鉄道事故



毎週、世の中で様々なことが起こるので、時としてそのニュースに追われることになる。

この度中国で起こった高速鉄道の事故ほど、現代中国を見事に象徴する出来事はない思われる。
あれほどの事故を起こしたにも拘らず、禄に原因究明も行わずに、38時間後には運転を再開したそうである。
日本では福知山線の脱線事故では、原因の解明調査に28日を書掛け詳細な検討を行った。そして運転を再開したのは55日振りとのことだ。

驚いたことに、事故究明も殆ど行わずにこの車両を破壊して穴を掘って地中に埋めてしまったとは!
今回追突した先頭車両には当然運転席があり、計器が揃っていた筈である。これでは正確な原因究明はできるわけが無い。要すれば、原因究明をする意図は最初から全く無いという姿勢の表れである。
これには世界中が驚いている。

然もその時点では、死亡者の確定や生存者確認も満足に行われていなかった。追突された車両や追突した先頭車両には亡くなった乗客の遺品などがたくさん残っていた筈であろう。それらを調べもせずにイキナリ穴を掘って埋めるなどは、言語道断ではないか。人命尊重や遺族に対する配慮が全く無いということである。
これに対して、遺族を始め国内から民衆の批判を浴びて、一度埋めた車両をまた掘り出すという醜態を演じている。これで内外に向かって大恥を晒す結果となってしまった。早期の運転再開は却って、乗客の不信を買っただけではないか。

そして、国民の予想外の反発に驚いた当局は、原因究明をそっちのけにしたまま、遺族に対して賠償金の支払いを提示した。これがまた、遺族を怒らせてしまったのである。
中国は何という国なのであろうか。これでは、仮令技術が世界一でも、モラルは世界最低といわれても仕方あるまい。

先般、中国が鉄道車両の技術を独自開発したとかで、アメリカなどで鉄道車両技術の特許申請を行ったとの報道があった。その際にこの技術は本来、日仏独などの先進技術をベースにしたもので、日本からも技術が漏れたのではないか、との観測が流れた。
鉄道車両を技術輸出した川崎重工がコメントを求められたが、内容をチェック中とのことであった。
先進諸国の技術を取り入れることは、それが全て合法的なことであれば、何等問題は無い。現代の中国の発展の根幹は、このような外国技術の大幅な採用が基本と成っている訳だ。

そして、中国で2008年以降の高速鉄道の建設速度は凄まじく、総延長距離で既に日本の4倍になったことを知って驚きを禁じ得い。
高速鉄道は、その利便性は言うまでもないが、同時に安全性の追求がそれ以上に重要な問題なのは世界の常識であろう。
日本が世界に誇れるのは、新幹線の開発当初より当時の最先端の技術と、正確な運行ダイヤ、運行システム、に加えて誰に指摘されるまでも無く、その安全性の追求を徹底的の行ってきたことなのである。
今日まで未だに死亡事故ゼロという事実は、世界に冠たる成果であろう。

今回の事故以外にも、北京ー上海間の高速鉄道は開通以来トラブル続きだということである。それらを報道しないのは、中国政府の報道規制によるものであろうが、今回のように脱線転落では、流石の中国政府も隠しようも無い。
今回のような事故処理の仕方は、若しかすると現政権を揺さぶる要因になりかねないのではないか。

周知のとおり、中国では、日本を含めて先進国からの技術やブランドを見境無く導入し続けてきた。ヤマハやホンダ等自動車産業の他に、ソニー、日立、東芝など電気産業等の偽ブランド、擬似ブランド製品が大手を振ってまかり通っている。
この背景には、他人の技術に敬意を払うという精神が皆無で、物まね、盗作など何でもアリの思想が国の隅々にまで行き渡っているのだ。特許権、著作権、商標権などを悪用することに掛けては、世界一の技術を持っている。松阪牛、こしひかり、讃岐うどんなどの商標を登録して恥じない文化なのである。

このような精神が罷り通っている状況の中で、鉄道省のプロジェクトとはいえ、高速鉄道網の急速な建設を行えば、誰しもその安全性に疑念を抱かざるを得ない。

私は特許権申請の話を聞いた時点で、早晩鉄道事故が起こるのでないかと、危惧していた一人である。
ある意味では起こるべくして起こった事故でといえよう。事故原因が落雷による制御装置の損傷ということで通しているが、単なる落雷では事故の説明にはならない。仮令落雷があろうともATC装置が常時可動する態勢にないと、300キロ以上の高速運行が無事故で行われる保証はあり得ない。その意味でも中国鉄道省の発表はにわかに信じ難いのである。

このような事情が改善されない限り、今後数年間に同様な事故が再発する可能性が否定できそうも無い。
運転席にある計器の各部分に関しては、当然のことながら詳細にチェックせねばならない。これ等の探求を行わずに運転再開をしたのであれば、あとは推して知るべし、であろう。

鉄道であれば、脱線しようと、川に落ちようと、中国国内だけの問題である。
日本は、現在国際的に決して大きな顔が出来る状況ではないが、若し仮に原発で事故が起きれば、その近隣諸国への影響は計り知れないものがある。

中国が、今回の事故発生を謙虚に受け止めて、その原因究明を徹底的に行うと共に、再発事故が起こらぬよう万全な措置を講ずることを願うのみである。
本件に関して、今後の中国の動向に注目して行かねばならない。

それにしても、一連の経過を聞くにつけて、未だに空いた口が塞がらないのである。


(平成23年7月28日)