趣味悠々 995:アルゼンチン 3


南米大陸は、15世紀頃にスペイン人が上陸して、土着の住民を押しのけて多くの国を作ったのは、ご承知の通りです。その中でもアルゼンチンは、スペイン人の貴族たちが移り住んだ国なのです。イタリア人も多少追随しました。
広大な草原で、その土地を所有した支配者達は、牛と羊の放牧で肉、毛皮を生産して悠々たる生活をしていたようです。そして土着民は牧場で働くか、市内の小さな商店、雑貨屋、洗濯店などを営んでいたようです。
そして第1次世界大戦の折に、アルゼンチン国は欧州軍の味方として、食料、武器、衣類などを供給。大量に売り込んで、莫大な利益を得て財閥にのし上がった経営者も多かったとか。そして、自家用機で牧場を往復して生活を楽しんでいたようです。

彼等は、子供達が成長すると欧州に留学させ、貴族社会にも出入りさせたようです。
そして、そこで結婚相手を探し、一緒に帰国して家庭を持ち、アルゼンチン国の支配階級として、悠々自適の生活をして来たのです。

アルゼンチン人の主食は、毎食赤ワインを飲みながら肉、肉、肉なのです。その量も半端ではありません。
私が最初にブエノスに着いた頃は、ワインも肉も私の好みではなく、往生しました。若い頃は受験の後遺症で胃腸が弱っていて肉は大の苦手でした。そしてワインに関しても、当時日本では赤玉ポートワインしかなく、味も知らず知識も全くゼロの状態でした。
それが毎回、肉とワインの連続です。それを避けながらの食事ですから、堪りません。
日本食を食わす店は、遥か郊外に2軒あったのですが、当初は中々行く機会はありませんでした。

そこで、市内に数件はある中華料理屋に頻繁に出入りしました。そこでホッとして汁ものを器に口を付けて飲んだら、店の主人に軽蔑の眼差しで「汁はスプーンで飲むのです」と注意されたのは、非常に恥ずかしくショックでした。

ワインも肉も、色々な料理を味わう回数が増えて来ると、次第に味に慣れてきました。高級店では、スペイン、フランス、イタリアからの輸入ワインが主ですが、どのレストランでも自家製のワインもあり、中々なものでした。

3回、4回とアルゼンチンに通い始めると、休日にはアチコチにあるゴルフ場でゴルフを楽しませて貰いました、プレイ費は安いのですが、ボールは輸入品で高いので、入国前に、アメリカの空港の土産店で買い込んで行きました。
ゴルフ場では、私共が池に打ち込むのをボーイ達が池の近くで待っていまして、ボチャンと落ちると、直ぐに池に入って拾ってくれました。勿論それを買い取るのです。

その頃には、ワインや肉の味も判るようになって、焼き方も現地の人と同じく、「ウエルダン」ではなく、「レア」が一番美味い事を次第に実感出来るようになって来ました。

そして、アルゼンチンにはブラジルのようなにアフリカからの移民、黒人は居ないので、国全体がヨーロッパの風習や文化を受け継いだ感じで、将に欧州の田舎、という雰囲気なのです。

今週から、オリンピックが始まり、海外からの渡航者のコロナ騒動画話題の中心になるでしょう。従って、アルゼンチン情報に就いては、また後日に記すことに致します。





(令和3年7月15日)